健康コラム 研究所長のつぶやき 第3回 ヨーロッパの厠(かわや)・雪隠(せっちん)・手水(ちょうず)・便所あれこれ

 当研究所の発足当時から始めた研究が、排泄環境における新たな補助具の開発でした。
それ以降、海外を旅行する際には、いろいろな国にある施設の便所を観察するようになりました。また、医師としてはリハビリテーション病棟を担当しており、「排泄動作の獲得」は重大な治療目標の一つですから、個人的にもふさわしい題材だと考えました。
 この観察を始めてからは、ヨーロッパ諸国しか訪れていませんが、実際に観察してみるといろいろなことに気づくようになりました。ヨーロッパというと身体障害者にやさしい環境がそろっていると想像しますが、私が観察した範囲ではそうではないことがわかってきました。いくつかの例をあげてみます。

● 市中の店やレストランに見られる陶器の台座だけの便器
 一般的な洋式便所では、陶器製の台座があって、その上に可動式でO字型あるいはU字型の便座と蓋が付いています。
 ところが、ヨーロッパ市中にある便所では、陶器製の台座だけしかない便器にめぐりあうことが頻繁にあります。理由を聞くと「肥満者が座ると便座が体重に耐えられずに壊れてしまう。修理してもまた壊れるのでもう付けないことにした。」というのです。
 男性の小便は立ったままですからこれでもいいですが、座らざるをえない排泄ではどう使うかで当惑します。考えられる方法は3種類です。
①冷たい台座に直接座って排泄する。(ヨーロッパ人はこの方法を選ぶようです)
②お尻を浮かせたまま排泄する。(相当な脚力を要します)
③台座の縁にまたがるように乗って和紙便所の姿勢で排泄する。(かなり危険です)

● ホテルの障害者用便所の不適切な補助具
 多くの身体障害者は、便器に座ったり立ったりするのに手すりが必要です。手すりには、水平方向の横手すりと鉛直方向の縦手すりがありますが、座ったり立ったりする際に有効なのは縦手すりです。
 また、片麻痺の方は、ズボンの上げ下げのときには麻痺の無い方の手を使いますので、倒れないように体を支えているには、何かに寄りかかる必要が出てきます。寄りかかれる壁が近くに無ければ、手すりに寄りかかることが多いのですが、重い体重を支えられる丈夫な手すりでないと転倒事故につながる危険性が高まります。
 私が宿泊したホテルのうち2ヶ所の室内便所には身体障害者用の補助具が付いていました。どちらの便所も便座の左右に横手すりしか無く、縦手すりはありませんでした。横手すりのうち、片方は壁や床に固定している横手すりでしたが、反対側は根元を壁に固定していて90度の回転角度で上げ下げできる可動式の長いU字型の横手すりでした。
 1ヶ所のホテルの可動式横手すりの材質は明らかに強度不足のプラスチック製でした。大人が寄りかかるとすぐに折れてしまいます。もう1ヶ所のホテルの可動式横手すりは金属製でしたが、日本の金属製可動式横手すりほどの強度はありませんでした。
 また、双方とも、壁の固定方法が弱く、大人が体重をかけると簡単に外れるか折れ曲がってしまうだろうと思いました。さらに、可動式横手すりを下ろした際に、固定できるようにはなっていないために、使用者が手すりにつかまって上に持ち上げる力を加えると、簡単に手すりが上がってしまうので転倒しやすいという構造でした。
 便所に障害者用補助具を設置したのはいいのですが、設計者に知識がないと危険な上に用をなさない補助具を設置することになるという悪しき例を見た思いがしました。
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● 水槽の水洗装置の使いにくさ
 排泄後には水洗するわけですが、水槽に取り付けられている水洗装置は国や施設によって微妙に異なっています。日本では、便器の脇に水槽があるか、直接水道管につながっているものが多く、水洗装置はレバー式やコック式がよく見られます。
 ヨーロッパの水槽の位置には2種類あります。一つは、便座の後ろの壁の中に埋め込まれている場合、もう一つは、便器の脇に水槽がある場合です。
 水槽が壁に埋め込まれている場合の水洗装置は、壁に設置してある四角い板状の押しボタンになりますが、かなりの力が必要なことが多く、力の弱い方は拳で押す必要があります。前述した2ヶ所のホテルの障害者用便所でも水槽は壁に埋め込まれていましたので、押しボタンを押すためには、排泄した後に立ち上がり、180度後ろ向きになって押すことになります。この場合、片麻痺の方にとっては難しい「足の踏み変え」という動作ができることが求められます。身体障害者が体の向きを180度変えることのたいへんさを設計者が理解していないことがここでもわかります。
 便器の脇に水槽がある場合の水洗装置は、水槽の上蓋に真上から押す四角い板状のボタンがあるか、水槽の横側に小さな円形の押しボタンがあるかのどちらかでした。後者の場合は、指先の大きな力が必要となり、手指関節機能障害のある方には過酷な構造です。日本のようなレバー式やコック式は、今までお目にかかったことがありません。
 個人的見解ですが、ヨーロッパ大陸側諸国の水洗ボタンは四角い板状の押しボタンが多く、大陸から離れたイギリスや歴史的にイギリスの影響が大きい諸国では小さな円形の押しボタンが多いように思いました。

 リハビリテーション病棟に勤務する医師の立場から、ヨーロッパで垣間見た身体障害者用便所の問題点を書いてきましたが、こうした視点とは別に興味深いことにも気付きましたので、いくつか紹介します。
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● 空港の男子用便所の小便器の高さの違い
 話は遡りますが、2001年にスウェーデンに出張に行った際の経験です。初めて訪れたストックホルムのアーランダ空港に到着して男子用便所に入りました。小便器の前に立って驚きました。「高い!」身長175㎝の私でもそう思いました。ここで学んだのが「その国の男性の平均身長は、その国の空港の小便器の位置の高さを見ればわかる。」ということです。これまで、種々の空港をめぐりましたが、一般的にヨーロッパの小便器の位置は北に行くほど高くなる傾向にあります。

● 田舎の男子用公衆便所に見られる横一線の小便用並び便器
 私が学んだ小学校や中学校の木造校舎の男子便所では、個別の小便器はありませんでした。横に長い壁があって、その下に小便が流れる溝があって、溝の手前にちょっと高くなっている部分があり、そこに上がって壁に向かって排尿する構造になっていました。
 ヨーロッパで都市部から離れた田舎の町や村に行った際に使った男性用公衆便所の小便器は、まさに同じ構造でした。数十年ぶりに見た懐かしい構造に感激したものの、水洗とは異なって周辺に漂う小便の匂いにも子ども時代の記憶がよみがえりました。

● 金属製の便所の不気味さ
 ある国境検問所で公衆便所を使うことになりました。建物はすべて金属製で、個室になっていました。扉を開けると周囲は鏡のような金属に囲まれています。大きなU字型の黒い便座のみが正面の壁に跳ね上がった形で設置されています。よく見られる陶器製の台座はありません。下は直径1m程もある大きな逆円錐形の排泄物受けでした。排尿後に水洗ボタンを押すと、逆円錐形の中をすごい勢いで水が渦巻状に洗い流していきました。
 便座を使う場合は、正面に跳ね上がっている便座を降ろして腰掛けます。下には何も無いので、中空に座った状態で、鏡のような金属に囲まれて、逆円錐形の排泄物受けに向かって排泄します。不気味な広い中空の空間で、自分の姿を見せつけられながら排泄することを想像してみてください。気持ちが落ち着くことはないでしょう。
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● 万国共通の便所表示
 まったく知らない言語で便所の表示がある場合は、構造から便所であることはわかっても、男性用か女性用かで迷うことがあります。
 ある国のビール醸造会社に併設されているレストランに行ったときは、微笑ましい表示に感心しました。言語表示は一切ありません。扉に白一色で人型の絵が描かれています。片方はズボン姿でもう一方はスカート姿ですから、男性用と女性用の区別はわかります。しかも、両方とも「おしっこしたい!」という格好なのです。医学的に表現するなら、服の上から外尿道口付近を両手で押さえ、股関節・膝関節・足関節を少し屈曲してX脚に近い姿になのです。これを見れば、どの国の人でもここが便所であることがわかります。
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 以上、私が観察してきたヨーロッパ諸国の「排泄環境事情」でした。皆さんも外国に行かれた際は、ぜひ観察してみてください。きっと興味深いことがあるはずです。

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健康コラム 研究所長のつぶやき

  • 第1回 「健康」の意味を考えてみました 健康の定義あれこれと医療生協が考える健康観
  • 第2回 名医の定義は何か、名医の条件は何かを考える
  • 第3回 ヨーロッパの厠(かわや)・雪隠(せっちん)・手水(ちょうず)・便所あれこれ
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