健康コラム 研究所長のつぶやき 第1回

 ホームページ開設後初めての健康コラムでは、なにげなく使っている「健康」という言葉に注目してみます。日常的によく使う言葉なのですが、そもそも「健康」とはどういうことを意味しているのでしょうか。難しい話になりますが、初回だけに基本を確認しておきたいと思います。
 まず、手もとにあるいくつかの辞書で、健康の意味を調べてみましたので、内容を抜粋して記します。広辞苑1) には「身体に悪いところがなく心身がすこやかなこと。達者。丈夫。壮健。また、病気の有無に関する、体の状態。」と書いてありました。三省堂国語辞典2) には「①病気であるかないかのからだの様子。②からだの調子が良くて、元気な様子。③健全。」と書いてありました。岩波国語辞典 3) には「すこやかさ。(ア)病気にかかっていず元気な(正常な)状態。精神について言うこともある。(イ)病気(になる危険)の有無に関する、体の状態。」と書いてありました。これらを正確に理解するには、さらに「元気」とか「正常」という言葉の定義を明確にする必要がありますが、健康とは病気が無いという意味を中心にとらえていると解釈されます。
 私たちは、健康増進とか健康づくりという表現をよく使いますが、これを実践していくのは、病気が無い方々だけを想定しているわけではなく、何らかの病気があっても実践する主体者になりうると考えています。そうすると、こうした場合に使われる健康と言う言葉の意味は、どうやら病気が無いことに限定されているわけではなさそうです。
 ところで、患者数が増加している病気や死亡原因となりやすい病気(例えば、高血圧、糖尿病、脂質異常症や三大死亡原因とされる癌、心臓病、脳卒中です)に共通するのは、その病気をもたらす原因として生活習慣(食べ物、嗜好品、運動の有無など)が大きく関係しているということです。しかし、生活習慣以外にも、生活環境(住居や生活行動圏の環境、大気や土壌や水質の汚染状況など)や家庭・職場・地域での人間関係や労働環境や成育歴や学歴や収入など実に多くの要素が、こうした病気になりやすいかどうかに関係していることがわかってきました。
 世界保健機関(WHO) は、そうした科学的分析の結果を踏まえて、健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health) を10 項目にわたって指摘しています。さらに、社会格差の大きい国や地域ほど、そこに住む人々の健康状態は、貧困層だけでなく富裕層も含めて全体的に悪化する傾向があるとする論文報告も増えてきています。
 そうすると、健康増進や健康づくりには、生活習慣だけでなく、生活環境や人間関係や労働環境や広く社会制度や経済状況の改善も必要になってきます。こうしたことは、個人の努力だけでは解決できないことが多くあり、つまり健康増進や健康づくりは個人責任や個人努力の追求では達成できないことがわかってきます。
 さて、健康の定義というと、世界的に有名なのは世界保健機関(WHO) のWHO 憲章の前文にある健康の定義です。原文と公益社団法人日本WHO 協会の日本語訳を以下に記します。

 Health is a state of complete physical, mental and social well -being and not merely the absence of disease or infirmity.(健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます)

 この定義には批判がありますが、その主な論点は二つです。一つは、state という言葉の内容が不明確であるという批判です。state とは、ある固定された状態を表しており、健康とはこういう状態だということを定めて、その状態にとどまっていることを健康と考えるのであり、それは「静止的」な健康観だとする批判です。健康とは、環境に働きかけて変革していくことであり、それと同時に人間は常に発達していくものなのだという視点がないということです。もう一つは、well-being という言葉(日本語訳では、すべてが満たされた状態と表現されています)の内容が不明確であり、どのようにでも解釈できる玉虫色の表現だという批判です。
 こうした批判を受けて、WHO 執行理事会では健康の定義を以下のように修正する案を決定しました。原文のまま記しますが、下線部が新たに付け加えられた部分です。

 Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 ここで付け加えられたdynamic(動的)という言葉は、健康とは静止的でないことを示す意味がありました。また、spiritual(多くの場合に霊的と訳されますが、キリスト教的宗教観が根付いていない日本では、訳しにくく理解しにくい言葉です)という言葉は、人間の尊厳が注目されるようになり、病気が治らなくても生活の質を大切にすることに価値を見出すようになった時代の趨勢が反映されたものとして付け加えられたように思います。
 この原案は1998 年のWHO 総会に提案されましたが、結局は審議されないまま、採択もされずに「お蔵入り」となってしまいました。
 それでは、私たちの医療生活協同組合(正式には医療福祉生活協同組合と言います)は、健康と言うものをどのように考えているのでしょうか。健康のとらえ方を健康観と言いますが、それは2013年6 月に制定された「医療福祉生協連のいのちの章典」で以下のように謳っています。抜粋して記します。

 私たちが大切にする健康観は「昨日よりも今日が、さらに明日がより一層意欲的に生きられる。そうしたことを可能にするため、自分を変え、社会に働きかける。みんなが協力しあって楽しく明るく積極的に生きる」というものです。

 どうでしょうか。WHO の定義に対する批判も取り入れたものになっているのではないでしょうか。私たちが健康増進や健康づくりを実践する際は、医療福祉生協連のいのちの章典で高らかに宣言している健康観に基づいて取り組むことを大切にしたいものです。わずか数行の言葉ですが、この中には大切な意味が集約されている気がします。
 地域社会と健康研究所は、医療生協さいたま生活協同組合の組合員のための研究所として設立されました。研究所の諸活動が、組合員の健康増進や健康づくりにとって有益なものになるように、そして将来的には当研究所が全国や世界の協同組合運動にとっても有益な存在になるようにしていきたいと思っています。だいぶ難しいことを書きましたが、こんなことを毎回書くわけではありません。これに懲りずにまた次のコラムをお読みいただければ幸いです。

引用文献
1) 新村出, 編. 広辞苑第六版. 岩波書店,2008
2) 見坊豪紀, 柴田武, 金田一京助, 市川孝, 金田一春彦, 飛田良文. 三省堂国語辞典第五版. 三省堂,2006
3) 岩渕悦太郎, 水谷静夫. 岩波国語辞典第七版. 岩波書店,2011

医療生協さいたま 地域社会と健康研究所

健康コラム 研究所長のつぶやき

  • 第1回 「健康」の意味を考えてみました 健康の定義あれこれと医療生協が考える健康観
  • 第2回 名医の定義は何か、名医の条件は何かを考える
  • 第3回 ヨーロッパの厠(かわや)・雪隠(せっちん)・手水(ちょうず)・便所あれこれ
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