健康コラム 研究所長のつぶやき 第2回 名医の定義は何か、名医の条件は何かを考える

 いつの世でも「名医」と言われる方々はいますが、最近は医療への関心の高まりとともに情報雑誌やテレビ番組などで「名医」を取り上げることが多くなっている気がします。最近縁があって、青年劇場の「青ひげ先生の聴診器」を観ましたが、その主題は名医に通じる医師のあり方や生き方を問うものでした。私もこの職業に就いて30年以上が経ちますが、自分なりに名医の条件を考えてみました。
 まず、今回の「名医」の条件の検討対象となる医師は、内科・外科・小児科といった「生活している人々」を診療している医師に限定して考えます。したがって、医師の資格を持っていても、解剖学・生化学・細菌学といった「生活している人々」を診療していない医師は除きます。
 医師の業務は多岐にわたりますが、今回は診療に関わる業務に限定して考えます。したがって、例えば管理職医師であれば求められる医療管理(医療安全や医療倫理も含む)、経営管理、労務管理、組織管理、教育管理などはここでいう業務には含みません。
 最初に、情報雑誌やテレビ番組などで取り上げられる「名医」の条件を考えてみましょう。そのすべてを見たわけではないので、個人的に見た範囲での印象ですが、特定の診療科や特定の疾病など限定された分野で、診断や治療の実績が優れている医師が「名医」とされていると思います。具体的には①手術手技などの職人技とも言ってよい技量の面で優れている医師②病気の診断や治療に関する知識量の面で優れている医師という考え方が中心のように思います。
 こうした「名医」の条件は基本的に重要ですが、私が考える「名医」の条件とはこれだけではないということです。例えば、診断や治療に際して、社会格差や社会制度の歪みの患者への影響をみるといった社会科学の視点を持っていること、患者の権利擁護といった人文科学の視点を持っていることも「名医」の条件には必要だろうと思います。そして、こうした条件は特定の診療科や特定の疾病だけに当てはまるものではなく、どの分野を担う医師であっても共通した「名医」の条件ではないかと思いますが、こうした「名医」の条件は、情報雑誌やテレビ番組では注目されることはありません。もしかすると、社会科学や人文科学の視点を取り上げても商業的には成功しないだろうという判断が働いているのかもしれませんが、こうした視点は小説や映画や演劇で取り上げられることが多いように思います。
 小説の「赤ひげ診療譚」や映画の「赤ひげ」、そして演劇の「青ひげ先生の聴診器」などで示されている医師は、医師であればどの分野に携わっていても共通する医師のあり方、つまり社会科学や人文科学の視点を持つべきだということを示しているように思います。小説や映画では、貧困や無知など江戸時代当時の社会格差や社会制度の歪みにより虐げられている人々に寄り添うように行動する赤ひげのような医師を高く評価していると思います。今回観た演劇では、ある医師が巻き込まれた医事紛争から医師のあり方を考えたり、震災や原発事故の背景にある社会格差や社会制度の歪みが取り上げられ、医師はもちろんのこと医療従事者に共通する人間としてのあり方を問うのが主題となっていました。
 赤ひげのように、社会格差や社会制度の歪みを見据えて虐げられている人々を自分の力の及ぶ範囲で救うことは大切なことですが、それだけを以って「名医」とするのには不十分な気がします。そうした行為とともに、虐げられた人々とともに、その健康を阻害している根本要因である社会格差や社会制度の歪みを解決するために行動する医師になってこそ本当の「名医」だと思います。このことは小説でも映画でも演劇でも答えとしては明確には示さずに、観る側の人間に考えさせるものとなっています。
 さて、ここまで考えてきたのは、医師の個人的力量がそのまま医療水準に直結する場合の「名医」の条件であるといってもいいでしょう。しかし、現代の医療は医師の個人的力量のみに依存して医療水準が決まるような単純なものではなくなっています。現代社会で圧倒的に患者数が多いのは、高血圧や糖尿病や脂質異常症に代表される生活習慣病と言われる疾病であり、この分野の医療は多くの職種がそれぞれの専門的役割を持って集団で行うことが特徴です。チーム医療と言われるもので、医師の個人的力量だけでなく、集団としての力量が医療水準を決定づけているのです。
 生活習慣病に関わる職種には、医師や薬剤師や看護師や保健師や栄養士は最低限必要で、場合によってはリハビリテーション技士、メディカル・ソーシャル・ワーカー、医療事務なども含まれてきます。こうした多彩な専門職で構成されるチームで携わる医療での「名医」となると、さらに別の視点での条件が求められてくるでしょう。チーム医療が中心である生活習慣病の分野でも情報雑誌やテレビ番組で「名医」が紹介されることがありますが、その視点は病気の診断や治療に関する知識量の面で個人として優れている医師が中心であるように思います。
 生活習慣病の分野で求められる医療水準は、食事や嗜好品や運動などの生活習慣の改善ができること、改善できたとしてそれが維持できること(専門用語では行動変容と言います)です。それを実現するには、多くの職種がそれぞれの専門的役割を発揮してチームとして関わる必要があります。
 チーム医療の中で医師に求められる役割は、それぞれの専門職と一緒に治療方針や治療目標を検討してまとめあげ、それを患者に提案して患者の意思や希望も取り入れて最終決定し、チーム全体が患者と共に同じ目標に向かって能力を発揮できるように調整していくことです。そのためには、教育学や心理学などの知識のほかに、状況論的リーダーシップ論や職種間連携に注目した組織論など多方面の知識や経験が求められてくるでしょう。こうして考えてくると、生活習慣病の分野での「名医」の条件は、とても幅広い内容を含んでくることになりますし、大学の医学部では学ばない(学べない)ことも求められてきます。
 さて、ここまでは「名医」の条件とは何かを考えてきましたが、そうした「名医」の条件を備えた医師が育つかどうかは、医師養成制度に大きく依存します。戦後日本の医師養成制度は大きく変化してきていて、2004年の制度改革でより良い方向に進むかに見えたのですが、この数年でまた大きく変わろうとしています。これまでのところは、ここで考えてきた「名医」の条件に当てはまる医師が育つ可能性が高まるとは言えない方向性に向かいつつあると懸念しています。国民の皆さんが、日本の医師のあり方を医師とともに考えて、あるべき方向性を医師養成制度を作る側の為政者と医学教育者に伝えなければなりません。日本の医師のあり方を、地域住民と医師などの医療専門職が同じ組織の構成員(組合員)としてともに考えられる医療生協は、そうした組織的特徴からみて求められている役割は大きいと思っています。

医療生協さいたま 地域社会と健康研究所

健康コラム 研究所長のつぶやき

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